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水戸地方裁判所 平成8年(ワ)368号 判決 1998年5月21日

原告

大津敦子

被告

大津脩一

主文

一  被告は、原告に対し、金一五九七万三〇八〇円及びこれに対する平成五年九月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金二一七九万円九三六八円及びこれに対する平成五年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)上の運行供用者に対する交通事故による損害の賠償請求事件である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

平成五年九月八日午後九時三〇分ころ、水戸市見川二丁目七九番地の二先横断歩道上において、原告の右方向から進行してきた被告運転の普通貨物自動車(以下「本件車両」という。)が、歩行横断中の原告に衝突し、転倒させた。(争いがない。)

2  原告の負傷

その結果、原告は、頭部外傷、後頭部挫創、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜下血腫及び左外傷性髄液耳漏の傷害を負った(甲三、以下「本件傷害」という。)。

3  本件事故現場は、信号機により交通整理がされている丁字路交差点の直線道路で、被告は、本件事故発生当時、本件車両を運転して、大工町方面から河和田町方面に向かい進行していた。被告の進行方向より見て交差点入口及び出口には歩行者用信号機付の横断歩道が存し、本件事故は出口(河和田町寄り)の横断歩道上で発生した。(乙一の一ないし四)

4  本件車両は、被告が保有し運行の用に供していた(争いがない。)が、本件事故当時自動車検査証の有効期限を経過したいわゆる車検切れの車両であって、自動車損害賠償責任保険が付されていなかった(甲六、乙二の二)。

三  争点

1  自賠法三条ただし書による被告の免責事由特に原告及び被告の過失の存否

2  損害の程度等

四  争点に関する原告の主張

1  (被告の主張に対する反論)原告は、歩行者用信号機が青色を表示していたときに横断歩道を歩行横断しようとして、被告運転車両に衝突された。被告は、対面信号が赤色であったときに、不注意によりこれを見落として交差点に進入し、本件事故を引き起こした。

2  損害

(一) 原告は、本件傷害の治療のため、次のとおり、入通院をし、治療費を支払った。

(1) 入院 水戸中央脳外科病院に平成五年九月八日から同年一〇月二九日まで五二日間

(2) 通院 右病院に平成五年一一月一日から平成八年四月五日までの間

(3) 後藤鍼灸院通院 平成五年一一月六日から平成八年五月一八日まで

右通院は医師の指示によるものではなかったが、原告の両親が嗅覚脱失には針治療が効果があると第三者から聞かされ、被告の承諾を得た上で通院を開始した。被告は右通院治療費の一部を支払った。なお、針治療の効果は格別みられなかった。

(4) 右治療費の合計 金一、四五二、六三九円

(二) 入院雑費一日金一二〇〇円 金六二、四〇〇円

(三) 傷害慰謝料 金二、〇〇〇、〇〇〇円

(一)の(1)ないし(3)の事情に加え、てんかん発作を抑えるために抗てんかん剤を継続的に投与しなければならないこと、原告は本件事故当時中学三年生で高校受験に向けて勉学に励んでいたが、本件傷害による入院等により受験勉強に大きな支障をきたし、県立高校への進学を断念し、私立高校へ進学しなければならなくなった。

(四) 後遺障害逸失利益 金一五、二七六、二五七円

原告は、本件傷害により嗅覚を完全に喪失し、日常生活に多大な支障を生じているほか、本件傷害によりてんかん性の脳波異常がみられ、将来にわたり、てんかん発作への不安を抱えながら生活をしていかねばならず、労働能力を三〇パーセント喪失する。そこで、平成六年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計、女子労働者・学歴計・全年齢平均の年収額金三二四万四四〇〇円、ライプニッツ係数一五・六九五を基礎に算定すると、労働能力三〇パーセント喪失による逸失利益は右金額となる。

(五) 後遺障害慰謝料 金四、〇〇〇、〇〇〇円

(四)の事情に加え、本件事故により原告の後頭部に約二・七センチメートル×一・五センチメートルの頭髪欠損部分を生じた。

(小計) 金二二、七九一、二九六円

(六) 既払額 金二、九九一、九二八円

(1) 自動車損害賠償補償法七二条一項に基づくてん補金 金一、七六一、〇四九円

(2) 被告等から平成六年一〇月末日までの治療費として 金一、二三〇、八七九円

(七) 既払額控除後の金額 金一九、七九九、三六八円

(八) 弁護士費用 金二、〇〇〇、〇〇〇円

(合計) 金二一、七九九、三六八円

五  争点に関する被告の主張

1  被告が対面信号が青色のときに交差点を通過しようとしたところ、原告が歩行者用信号が赤色であったにもかかわらず、急に飛び出してきた結果、本件事故が発生したのであるから、被告に過失はなく、原告に過失がある。

2  本件事故当時本件車両には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかった。

3  損害額は争う。

第三当裁判所の判断

一  原告、被告の過失の有無について

1  本件事故当時は、夜であり、雨天であったが、被告運転車両の進行方向は見通しが良く、かつ、自動車、人通りは少なかった(乙二の二、被告本人)。また、事故現場である交差点に面して「セブンイレブン水戸見川店」が存在しており(乙一の一ないし四)、事故発生時刻には開店していたと推認される。

2  本件事故の衝突地点は、被告運転車両の進行方向から見て、交差点出口側の横断歩道上の前記店舗寄りの、原告が横断を開始した歩道の端から一メートル余の地点であり、事故後被告運転車両の前方から右前方にかけて、そのフロントガラスの破片とみられるガラス片が散乱していた(乙一の三)。

本件事故後の実況見分時には衝突地点付近にタイヤ痕、スリップ痕等はかなった(乙一の三)。この点に関し、スリップ痕が存在したとの被告本人の供述部分も存するが、右供述は、二転、三転していて信用性に乏しく、採用できない。もっとも、当時路面は湿潤していたから、これらの痕跡が残らなかった可能性も存する。

3  本件事故現場交差点の信号機のサイクルは、被告運転車両の進行方向からは、青色八九秒、黄色三秒、赤色二八秒(うち前後各二秒は他の信号機の赤色と重複する。)であり、原告が渡ろうとしていた横断歩道の信号機は、赤色一〇三秒、青色一三秒、同点滅三秒である(乙一の四)。

4  原告は、本件事故前、高等学校入学試験勉強の塾からの帰宅途中で、横断歩道を渡るときに本件事故に遭遇し、事故直後から意識不明となり、入院後約二週間で意識が回復した。(原告本人、甲一三)。原告本人は、本件事故前の状況につき、本件事故現場から河和田町側に一〇〇メートル位離れたバス停留所でバスを降りて本件事故現場に向かい、その途中で自転車に乗った同級生に会った旨、本件事故現場の横断歩道手前に達したときは対面信号機は赤色を表示しており、これが青色に変わって横断を始めたときに衝突された旨供述しているが、甲第一三号証によれば、頭部外傷により意識障害が生じた人の場合、事故直前、場合によっては数時間前の記憶を失う可能性が大きいことが認められるから、ただちに右供述のとおりの事実を認めることはできないが、横断歩道に達するまでの経路については右供述のとおり認定して問題はないと考えられる。

そして、原告は、横断歩道の真中付近を渡ろうとしていたことも認められる(乙一の三)。

5  一方、被告は、本件車両をしばらく動かしていなかったので、バッテリー充電のため本件車両を走行させていた旨供述するが、しばらく走行させていなかったいわゆる車検切れの自動車を、充電のため、雨天の夜遅くに走行させるというのは、相当不可解な行動であり、しかも本件事故より一〇分ないし一五分前に自宅を出たというもののその走行経路は明らかでなく、本件事故直前は繁華街である大工町方面から進行してきており、自宅は近くであること、被告は本件事故後警察官により飲酒検査をされていること(乙一の三、被告本人)及び前示本件事故発生時刻等に照らすと、被告の右供述部分は信用できず、却って、被告は大工町方面での飲食を済ませての帰途であったと推測することもできる。この点につき被告は数時間前に自宅で缶ビールを二本飲んだと供述するが、明るいうちから飲酒し、その後前記のごとくバッテリー充電のため本件車両を運転して出かけたこととなり、飲酒時刻についてはにわかに信用できない。

そして、被告は、本件事故発生の状況について、被告は本件事故現場手前を時速約三〇キロメートルの速度で進行し、交差点の約一五メートル手前で対面信号機が青色を表示しているのを確認してそのまま進行したところ、原告が横断歩道を渡ろうとする寸前に原告を発見し、ハンドルを右に切りながら急ブレーキをかけたが、衝突した旨供述する。しかしながら、前示のとおりスリップ痕がないこと及びガラス片の散乱状況(乙一の三)からすると、少なくとも衝突時点においてブレーキはかかっていなかったことが認められる。また、被告があらかじめ前方を良く見ていたとすれば、前示のとおり、本件事故現場は見通しが良く、かつ、店舗前で暗くはなかったとみられるから、原告が横断歩道手前に走って来たにせよ歩いて来たにせよ横断開始前の原告の存在に気付いていたはずである。

6  以上の事実をもとに、原告、被告の過失の有無について検討する。

原告は、夜遅くの塾帰りであったことから、帰宅を急いでいたことも考えられるが、横断歩道以外の場所を横断しようとせずに、本件事故現場の横断歩道まで歩き、その真中付近を渡ろうとした。これは、意識的であると無意識的であるとを問わず、交通規範に則った態度ないし行動の現れであって、このような場合、対面する歩行者用信号が何色であるかに関心を払わなかったということは考えにくい。そして、これに関心を払ったとすれば、青色であった場合はともかく、赤色のときに渡ろうとする場合(信号待ちの時間が比較的長いのでこのようなこともありうる。)には左右を見てから横断をするはずで、その場合、自動車が迫ってくるのにその直前を横断しようとするのは自殺的行為といわなければならない。したがって、本件においては、原告が、横断歩道を渡ろうとした際、対面する信号機が赤色を表示していたのに気付かず、又は、これに気付きながら、至近距離に迫っている本件車両の直前を横断しようとして衝突されたとは考えにくい。

反面、被告において、対面信号が赤色を表示しているのを認識しながら、そのまま進行したということも考えにくい。右認識をしながらあえて進行する場合を横断歩行者の有無には特に注意を払うのが普通だからである。

そこでさらに検討すると、被告は、前示のとおり少なくとも本件事故前数時間以内に飲酒をしていたこと、中耳炎で耳が聞こえにくいこと(身体障害六級の認定を受けている。被告本人)などもあって注意力が低下していた可能性も存すること、本件事故発生当時は夜間でかつ雨天であったこと、前示のとおり原告が信号無視あるいは過失により赤色信号を見落としたとは考えにくいこと並びに本件事故後被告は原告の治療費等の一部を負担していること(被告本人、弁論の全趣旨)などに鑑みると、本件においては、原告が信号待ちをしていてこれが赤色から青色に変わるとすぐに横断を開始し、一方、被告は交差点の直前で対面信号が赤色に変わったがそのまま通過できるものと判断して進行したか、あるいは、被告の前方不注視により対面信号が赤色であったにもかかわらず、これに気付かずに進行したことにより、本件事故が発生したものである蓋然性が高い。

以上によれば、被告が本件車両の運行に関し注意を怠らなかったこと及び原告に過失があったことの証明があったとはいえない。

二  損害について

1  治療費について 認容額(以下同じ。) 金一、二六六、三三九円

(一) 水戸中央病院及び後藤鍼灸院における平成六年一〇月末日までの治療費は金一二三万〇八七九円であると認められる(甲六)。

(二) 甲第八号証の一ないし一九によれば、原告は、平成六年一一月一日から平成八年五月一八日までの間に、水戸中央脳外科病院に対し金三万五四六〇円、後藤鍼灸院に対し金一八万六三〇〇円を、それぞれ治療費として支払っていることが認められるが、原告は、後藤鍼灸院においては嗅覚脱失に対する針治療を受けたが、その効果については格別みるものはなかったと主張しているから、少なくとも治療開始から約一年を経過した右期間の分の治療費は損害として認めるべきではない。したがって、水戸中央脳外科病院の分のみが損害として認められる。

2  入院雑費 金六二、四〇〇円

原告は、本件事故による傷害治療のため、水戸中央脳外科病院に五二日間入院した(甲三)。一日当たりの入院雑費相当額は金一二〇〇円であると認められる。

3  傷害慰藉料 金二、〇〇〇、〇〇〇円

原告の傷害は前示のとおりであり、また、入院期間は五二日間、通院期間は症状固定日である平成六年一一月一四日まで約一三か月半であり、水戸中央外科病院には一か月に一、二回、後藤鍼灸院には一週間に一回程度と推認される(甲三、七、第八の一ないし一九、第一四)。右事実に加え、原告は本件事故当時中学三年生で高等学校受験準備期にあり、入通院により勉学に少なくない影響を受けたことが認められる。そうすると、傷害による慰藉料は原告主張の金二〇〇万円と認めるのが相当である。

4  後遺障害逸失利益 金一〇、一八四、一七一円

原告には、本件傷害により、嗅覚を脱失した(甲三、四)。これは自転車損害賠償補償法施行令二条別表の後遺障害別等級一二級一二号を類推し、同級に該当するものと認めるのが相当である。そして、原告には、本件傷害によるとみとられる外傷性の脳波異常がみられ、てんかんへの移行防止のため抗てんかん(痙攣)剤が継続的に投与され、経過観察中である(甲三、四、九)。これについては、てんかん発症の懸念が続く限り、ある程度従事する職業が制約されると考えられるので、右嗅覚脱失と併合して右等級一一級程度に該当すると認めるのが相当である(ただし、てんかん症に移行し、精神障害が生じた場合は、別個の問題とすべきであろう。)。さらに、原告には本件傷害により後頭部に大きさ約二・七センチメートル×約一・五センチメートルの頭髪欠損が存する(甲一〇、弁論の全趣旨)が、右程度では労働能力に影響は認められない(慰藉料の算定に当たり斟酌するのは別問題である。)。

したがって、労働能力喪失率を二〇パーセントとして、その他は原告主張の数値が相当でありこれをもとに算定すると、本件後遺障害による逸失利益は、金一〇一八万四一七一円となる。

5  後遺障害慰藉料 金四、〇〇〇、〇〇〇円

4で認定した後遺障害等級に頭髪欠損を加味すると、後遺障害慰藉料は金四〇〇万円が相当であると認められる。

6  1ないし5の小計 金一七、五一二、九一〇円

7  既払金 金二、九九一、九二八円

原告は右金額の支払を受けたと主張し、被告はこれを超える抗弁を提出しない。

8  既払金控除後の金額 金一四、五二〇、九八二円

9  弁護士費用 金一、四五二、〇九八円

8の金額の一割が相当である。

10  合計 金一五、九七三、〇八〇円

三  よって、原告の本訴請求は主文第一項の限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 坂野征四郎)

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